■レーシック情報:レーシックは両目に限ったことではない


■レーシック情報:レーシックは両目に限ったことではないブログ:210212


終戦直後、
あたしたち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
お母さんとお姉ちゃんとあたしの3人で、
父は南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の午前中食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分はお姉ちゃんとあたしが食べ、
お母さんはいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかったあたしは、
お母さんはサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして12時のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていたあたしは、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
あたしはあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」とお母さんに頼むのであった。

サツマイモばかり食べている連日なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
あたしたちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
お姉ちゃんとあたしはたまに焼芋にありつけるのだが、
お母さんは決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつくあたしたちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
食パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、父も南方戦線から帰って来て
あたしたちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

お姉ちゃんとあたしにお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていたお母さん。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかったお母さん。
お母さんは一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
お母さんの仏前に焼芋でも供えようかとあたしは思う。

平屋
http://www.toyotahome.co.jp/chumon/style/hiraya.html

叶内一彰
http://sara-ch.com/loop/520676432.html

ダイヤ免税店、今すぐアクセス
https://www.mapfan.com/spotdetail.cgi?SPOTCODEINT=S34HY,J,C7K74

ディズニー英語システム
https://blog.goo.ne.jp/dwe_kosodate/e/bec36298f8ba4e80a7850256d0d38ae5


レーシック情報@ レーシック情報A レーシック情報B レーシック情報C レーシック情報D